手荷物検査

手荷物検査

 手続きが終わったので、さっさと手荷物検査に行くことにした。手荷物も人間もなんのブザーも鳴らず通過したのにもかかわらず、女性の係員が大声で「チェック、チェック」と叫び、私のナップザックを開けようとしている。

 見ると息子のナップザックも開けようとしている。別段変なものを入れているわけではないので、はっきりと「プリーズ」と言うと、ちょっと態度が和らいで、すばやくチャックを開けちらっと中を確認してOK。

 実は女房が一番大きいバッグを持っていたのだが、これはなんのチェックも受けなかった。そこで違いを考えてみると、女房のバッグには衣類のようなものしか入っていない、との事だった。

 私のものには筆記用具やお土産類で金属のものが入っていた。息子のものにも金属のおもちゃが入っていた。きっとそれが気になったのだろう。それにしても5歳の息子のザックを開けられるとは思わずびっくり。

空港

 出発まではまだかなり時間があるのでコインロッカーに手荷物を預けることにする。中華航空の出発ゲート25番まで行く途中の左側にロッカーがある。開いているロッカーのフタを開け、手荷物を押し込む。中の容量はボストンバッグが2個入るぐらい

 続いて25セント×2の50セントを投入すると、コード番号の書かれたシートが出てくるので、これを大切に保管する。(2010年現在、セキュリティ上の理由によりロッカーは撤去)

 この時点で鍵は自動的にかかっている。1ドル札の両替機も横にあった。取り出しは数字キーで先ほどのコード番号を打ち込むと、自動的にロックが解除される。1時間以上預けた場合は、1時間につき50セントの超過料金を入れないとロックは解除しない。

 時間があるので空港内の飛行機展示施設を見学。この場所は昨年行ったことが印象深かったのか、息子が行こう行こうと主張する。中は飛行機の事だらけ。ライト兄弟から始まって最新のスペースシャトルの情報まで、いろいろ取りそろえられている。

 ここで1時間ほど時間をつぶして、ゲートの方にあるいていく途中の土産やさんで、昔のハワイの写真集を発見。英語ではあったが写真が豊富でわかりやすかったので、購入。12.95ドル。

離陸

 待合室で待つこと15分ぐらい。搭乗のアナウンスが始まった。座席指定であるから、焦って乗る必要もない。座席はやはり左側。こちらは離陸時にワイキキの街にさよならが出来るのである。ただ残念ながら、主翼がちょっと視界を邪魔している。窓側が息子。真ん中が女房。通路側に私が座る。9時40分、定刻に動き出した。ここからが長い。特に揺れもなく順調な飛行。

着陸

 ここからは日本時間。12時20分、定刻より20分ほど早く着陸した。日本の上空に来ると途端に視界が悪くなる。なんでこんなに汚い空気なんだ、という思いを強くするが、そういいながらも毎日車を運転し排気ガスで大気を汚染している。自己矛盾。

 着陸後は入国検査、スーツケース受け取り、そして宅急便での発送。実家へ無事着いたことの連絡。バスで羽田の国内線ロビーに移動し、モノレール。さらにJRで池袋。東上線で坂戸、という風に続く。最後に駅からタクシーで自宅着である。自宅着3時半。長い長い2000年度のハワイ旅行が終了した。

 ところで入国審査の際、税関の所で1人の女性がダンボール箱を開けられ、長時間に渡って質問を受けている現場を見た。遠いのでよくわからなかったが、ダンボール箱一杯にブランドもののバッグ等が詰め込まれているようだった。

 明らかに1人で買うには多すぎる量だ。量が多いのか、申告漏れか、それともまったくの別件か、真相はわからないものの、やはり怪しいと睨まれると大変な事になるようだ。

終わりに

 情報は新鮮な内が勝負、と思い、ともかく連日コンピューターを打ちまくりました。文章がおかしいところ、表現不足、わかりにくいところ、うそっぽいところ多々あると思いますが、とりあえずご了承をお願いします。しばらくたって自分で読み返すと、結構こんなこともあった、なんて思い出すこともあり、そのたびに文書を加えたり直したりしています。

 いずれにしても、これらの旅行記は他の人の旅行に役立てばもちろん嬉しいわけですが、数年後自分で読み返してみて、ああ、あのときこんなことがあったなあ、という自分自身の記憶の確認になるのでは、という思いも込めています。

 最後の最後まで、ここまで丁寧に読んでくれた方がいましたら、心から感謝いたします。メールで質問や感想等を頂ければ、もっと嬉しいです。ではではアロハ〜!


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