サーフィンレッスン(その3)

 そして、いよいよ私の番だ。他の3人が、「あんな、危なっかしいおじさんで大丈夫なのかな」という目で見ていることがよく分かる。私だって同感だ。他の3人が乗れたからと言って、私も素直に乗れる保障は全くないのだ。

 鬼軍曹が、若干優しげに「無理しなくていいですからね」と言葉をかけてくれる。その意味は、たぶん「無理に立ち上がらなくてもいいからね」という意味だろうと解釈した。「じゃあ、乗ってください」という声に、再びきしみ始めた股関節を無理矢理開き、ボードにまたがり、そのまま腹ばいに。

 「波が来たら教えますので、それまで寝てていいですよ」と声がかかる。お言葉に甘えて、ボードの上で長々と伸びる。「これはいい気持ちだ」と思っていると、「それじゃあ、行きますよ」という声がかかり、一気に緊張感が高まる。

 腕をボードのサイドに固定し、これ以上は無理と言うほどしっかり握りしめる。それでもボードは水に濡れているので、意外に握りにくい。上腕筋を酷使して(背筋がないので)上体を持ち上げる。

 後方から波の音が聞こえてくる。ちらっと後ろを見ると、ビルの高さほどもあるかと思われる、1mぐらいの波が押し寄せてくる。

 「あー、いよいよだ。これで俺の運命が決まる。もうどうにでもなれ〜〜〜」と思ったとき、ボードが押されるのを感じる。波に乗った瞬間はどうだったのだろうか。実はその瞬間ははっきり思い出せない。気がついたら、ざーっという波の音が周囲から聞こえていて、ボードはぐんぐん進んでいた

 「なんだ、簡単に乗れるじゃないか」と自分の恐怖心や技術力、体力のなさを棚に上げて、そのときは思った。「これは、たしかに気持ちがいい」。どちらかというとスキーに似た感覚だ。

 緩斜面を斜滑降や直滑降でざーっと滑っていく感じ。ただサーフィンの方が開放的だし、ボードの滑りも滑らかだ。雪面の凸凹を膝関節で吸収する必要もない。

 ボードは快調に進んでいる。結構長く乗れた。これだけ時間があれば、次は立ち上がる動作までいけるかも、と無謀にも思ってしまった。そう思いながら、「いつ降りればいいだろう」と気がついた。

 乗り方は聞いていたが、降り方は聞いていない。よく分からないまま、ボードはどんどん進み、やがて波の音が静かになってきた。

 頃合いかと思い、上体をパドリングの姿勢に戻し、方向転換をしてみると、結構長い距離乗れたことが分かった。100mぐらいだろうか。「これなら、息子にも顔向けできるし、親の威厳もかろうじて保てるだろう」と思いながら元の位置に戻る。

 戻ったところで、再び最初からやり直しだ。今度は鬼軍曹さんから「立ち上がれるようなら立ってみてください」という指示が出る。スパルタ教育だ。落ちこぼれの私は身を縮めるが、他の三人はそれを喜んでいるようだ。

 二回目が始まった。小学生の息子さん、数秒立てるがバランスをくずす。お父さん、果敢に立とうとするが、やはりバランスを保てない。息子だけが器用に立ち上がるが、ちょっと姿勢を変えようとしたところで海に落ちる

 私も立ち上がろうという意志はあった。しかし右足を前方に引きつけようと思った瞬間、ボードを支えていた右手が滑ってしまい、バランスをくずし海中へ。

 しかも海中では頭上を過ぎ去るボードに頭をぶつけて痛かった。「う〜ん、やっぱり無理か。でも落ちても背が立つから先ずは安心だ」と痛む頭をなでながら、あくまで慎重だ。

 同様なチャレンジが3回目、4回目と続くが、結局子供達は二人とも立ち上がったが、大人はダメ。もう一人の方は積極的にチャレンジしていたので、悔しい思いをしたのではないだろうか。私も立とうとは思ったが、段々と波の勢いが無くなり、ボードがすべる継続時間がなくなってきた。

 最初は100mぐらい進んだのに、時間を追う毎に全員30mぐらいしか進まなくなる。波が弱くなってしまったのだ。しかも思ったよりずっと早く時間が過ぎていた。ビーチに戻ったのは11時半過ぎだから、2時間ほどレッスンを受けたことになる。

 「それでは上がりま〜す」の声で、一同再びボードにのり、それぞれの思いを胸に抱いて、パドリングで岸を目指す。たとえうつぶせでも乗れてしまった自信は大きい。途中の水の色が変わっている深い部分も、迷い無くパドリングですいすい進む。

 私なんかの感覚では、このパドリングだけでも面白い。パドル・サーフィンを試みる人がいる理由がよく分かった。岸に上がるとどっと疲れを感じるが、息子はうれしそうだ。

 「もっとやりたかった」と悔しそうに言う。「明日もやろう」と言うが、さすがに金が続かない。ワイキキ沖でボードを借りてやってもいいのだが、人が多いし、サーフィンのルールもよく知らない。さすがにそれはまずいだろう、と考えるのは大人ならではの判断だ。

 「また来年来ればいい」と説得するが、息子の中では「絶対来るぞ」という意志決定がなされたことだろう。

 一同シャワーを浴び、ボードを片付け、再びワイキキまで送ってもらう。車を降りるときにチップを渡しレッスン終了。息子にとっても私にとっても一生忘れられない思い出となった。



「何をしよう」(海関連)


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